これは明らかに何か大規模な施設の跡地だ。すぐ近くを九州自動車道が通っているので、建設時の関連施設かなにかがあったのかと考えた。そのとき、現場近くで犬の散歩をしていた老人を見つけた。地元の老人はなんでも知っているものである。私は爽やかに挨拶し、この更地はなんの跡地なのかを訪ねた。老人は親切に(とても積極的に)答えてくれて、私の疑問を解いてくれた。その老人の話と後日調べて分かった事実は、私にとって驚くべき内容だった。ここは明治から続いた工場跡地。まさに産業遺構であった。ちょっと話はそれるが、ちょうどこのサイトを作ることを漠然と考えていた時期に、今回のこの物件に出会ったのである。偶然とはいえこのタイミングには驚いた。
老人の話しによると「ここは明治からあった製紙工場の跡地で、今は八代市に引越ししたよ」という。確かに八代市には日本製紙株式会社八代工場という大きな工場があるが、この地と関係しているのであろうか?老人がいうとおりに、八代市の製紙工場は昔ここにあったのか?そんな程度の疑問であったが、調査を始めてみたらかなり奥が深かった…。
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