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旧深水発電所(旧西日本製紙株式会社) No.05完
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調査実施:2005年3月 報告書作成:2005年5月10日
       

 まだ見えぬサージタンクへ近づいていくにつれ、静かだった森の中に国道を走る車の喧騒がよく聞こえてきた。そして木々の合間からついにその姿が現れた…。予想はしていたが、かなり巨大な構造物である。直径は3〜4mほどあり、高さ20mはあるのではないだろうか。

 写真はセルフタイマーで撮影したがタンク下部に赤い上着を着て立っている私の身長は178cmである。比較してタンクの大きさがお分かりいただけると思う。このサージタンクも従業員が2人詰めたと記録はあるが建物などは見つからなかった。ただ周辺には平らな部分が多く、建物が建てられていた可能性は十分ある。

 国道208号線からこのサージタンクを見上げたときは「あの上に登ったら、さぞ眺めがいいだろうな」なんて考えていたが、残念なことに地面から4、5mの高さまで梯子が取り外されていた。まあ仮に梯子が付いていても、とても怖くて登れないが。
タンクの最下部からは直径50cmほどの金属性のパイプが斜め下に向けてでており、そのまま山の斜面を急角度で下り球磨川沿いにある深水発電所に繋がっている。
 

 

 
 パイプの付け根部分には何かの巻き取り機のような機械が据え付けられており、水管のメンテなどに利用されたのだろう。この写真は発電所に向けて一気に下る水管を写した写真だ。一見平らにも見えるが非常に急角度に落ちており、足を滑らそうものなら滑落しそうな感じで結構ビビリながら撮影したものである。
 
 以上をもって今回の調査は終了となる。ひっそりと山の中で眠りについている産業遺構は現地で自分の目で見ると非常に感慨深いものがある。また地図上では分からなかったトンネルの数や水管橋の存在は非常に大きな収穫だった。
余談だが、帰り道は例の逃げ道である林道に下り、B地点まで戻った。自分のバイクの所に戻ってみると軽トラックなどが数台駐車してあり、数人のおじいちゃんやおばあちゃんがおそろいの蛍光オレンジの帽子とウインドブレーカを身につけなにかの準備をしていた。軽く話しをしてみたが、なんとそのおじいちゃんおばあちゃん達は今回随分助けられた「地籍調査票」の杭を打つ仕事をしていたのであった。ただ歩くだけでもヘトヘトになる山中で、1日中歩いて地籍を調べ杭を打つのである。恐るべし老人パワーである。別れ際に地籍調査員の一人のおじいさんが「これでもお食べ」とアメを数個くれた。バイクでの帰り道に食べたが、疲れているせいかとてもウマい。帰宅後もらったキャンディの包み紙をよく見たら「ヴェルタースオリジナル」。どうりでおいしい訳だ(笑)。

 

参考文献
■「日本の近代土木遺産 現存する重要な土木構造物2000選」土木学会土木史研究委員会/編 2001年
■「紙漉きの渓 坂本工場の軌跡」西日本製紙株式会社/編 1988年
■「坂本村史」坂本村村史編纂委員会/編 1990年
■「熊本県文化財調査報告第182集 熊本県の近代化遺産」熊本県教育委員会/編 1999年


この報告書を作成するにあたり、ご協力頂いた方々に深く感謝申し上げます。